島津斉彬・・から

文化六年1809年秋島津斉彬は島津家二十七代斉興(なりおき)の長子として江戸の薩摩邸に生まれた。
時の将軍は家斉。その夫人広大院は斉彬の曾祖父重豪(しげひで)の娘茂姫であり。斉彬にとっては大叔母にあたる。

幕府の執政者がハレモノ扱いする当時の天下の三隠居とは将軍家斉の父親一橋治済・備前岡山の池田一心斉そして島津重豪のことだった。

煩雑になることを恐れずに続けます。

三人の中でも重豪と治済は仲のよいことで有名だった。斉彬の婚姻も二人が決めた。一橋斉敦の娘英姫との婚約は斉彬四歳。三つ年上の姉さん女房である。
一橋家は将軍の実家で。斉敦は家斉の実弟。つまり英姫は将軍の姪にあたる。婚儀は斉彬18歳。英姫は生涯薩摩には来ていない。

また

中津藩主奥平昌高。筑前の黒田斉溥(ひろ)。八戸の南部信順などは島津家から養子に行った者たち。斉彬の大叔父にあたる。

斉彬の次弟久寧は岡山藩池田斉政の養子となった。妹祝姫は土佐の山内豊に嫁いだ。その養子が斉彬に次ぐ幕末の名君山内容堂である。

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